※ アホ話です。OKな方はどうぞ
※ スク山と言い張ります





 雲雀恭弥は不機嫌だった。

 赤ん坊に「これやるぞ」とリングのようなものを渡されてから二週間、やたらフレンドリーな良くわからない金髪外人が来て、合宿だか秘境めぐりだか良くわからないものに付き合わせられ(それなりにボコって楽しめたが)、良くわからない大男と対戦させられ(ストレス解消には多少なったが)、良くわからない機械を嵌めさせられた上毒針を刺され(腹がたったので解毒後機械自体破壊したが)、さらに先程良くわからないカトンボのような相手のカトンボのような武器で傷を負わされた。自分の気の乗らないことはしない知らない関係ない、を信条としていた雲雀にとって、これははなはだ不本意な状態だった。

 それでも不承不承黙認していたのは、偏にあの赤ん坊と、そして最近フルネームを覚えた野球部エース、山本武のためだ。赤ん坊に興味をひかれて接触しているうちに、またそれなりに興味を覚える人間を知る事ができた。退屈な日常を紛らわすものがまたひとつ増えた。それについてだけは、雲雀も非常に満足している。
 山本武の試合は見事だった。思わず見惚れるほどだった。破壊され尽くしたB棟(ストイックな直線的な造りが特に雲雀のお気に入りだったのだ)を対戦フィールドなどといって見せられた時は、あのふざけた椅子男と沢田綱吉とを諸共に足蹴にして踏み潰してミクロン単位まで伸ばしてやろうかと思ったものだが、耐えて良かった。これからまたあの剣さばきが観られるというならば、沢田が新たに壊した体育館の屋根の件も不問にしてやってもいいだろう。ついでに赤ん坊と山本とを後で応接室に連れてきてくれるのならば、現在被害拡大中のその他校舎についても大目に見てやらないこともない。
 ことが赤ん坊と山本に関わると、雲雀の許容値は際限なく深かった。



 カトンボに負わされた傷の処置を終え、雲雀はさて、と立ち上がった。
 先刻から遠くで爆音が響いている。良くわからない事態はまだ進行中であるようだが、とりあえず現時点の目的ははっきりしていた。山本武だ。壊す前に腕の機械から漏れ聞いたところでは、どうやらまだ校舎B棟内にて毒に倒れたままらしい。起こして喝を入れてやらねばなるまい。自分の獲物が自分の見ていないところで勝手に斃れてしまうなんて、そんなことは許し難いのだ。
 歩き出す雲雀の耳に再び派手な爆発音が響いてきたが、校舎の破壊音が含まれていなかったためそれは黙殺された。
 あまり興味のないことだった。


 ほどなく目的地近くに差し掛かり、そして雲雀は気がついた。B棟、今自分が向かおうとしているまさにその校舎の屋上で何かが動いている。目を凝らして影の正体を知って、上向きかけていた雲雀の機嫌は再度急降下した。銀髪、長髪。校内で見れば間髪を置かずバリカン刑の対象となるだろうその男は、確か山本武の対戦相手だった。確か鮫と共に退場していたはずの。
 「ふうん」
 生きていたのかとかなぜ生きていられたのだとか、そういった感慨や驚きは微塵もなく、つまらなそうに雲雀はそれを見遣った。あんなところで一体何をしているのだ。まだ鮫と格闘しているのだろうか。しかし次の瞬間あることに気付いて、彼は器用に片眉を上げた。……山本武がいる場所は、確かあの真下辺りではなかったか。
 「…ふうん」
 再び雲雀は呟いた。今度は無関心ゆえの呟きではない。――面白くない。
 そもそもあの鮫男は元から印象が悪かった。初対面から楯突き口答えし、こともあろうに対戦相手として、自分の興味の対象である山本を持っていった。自分ですら本気で対峙したことのない山本と闘いを繰り広げて更には手傷を負わせた。敗北後、黙って消えればいいものを、何やら良い格好を見せて山本武の興味を奪っていった。――おかげでその後の山本はらしくもなく意気消沈だ。見ているこちらの調子まで狂うのだ。おまけにこいつは口調が煩すぎる。更に長髪も鬱陶しすぎる。
 視線の先で、注視されていることにも気付かずに、鮫男は何やら黙々と肉体労働をこなしていた。あの剣だか銃だか中途半端な武器ではなく、ツルハシのようなものがその手には握られている。時も場所も必要性も弁えず工事を進めている男の姿を眺めながら、しばらく考えを巡らせて雲雀は思い至った。B棟はなにやら奇妙な改造を施されて、天蓋部分は常より薄く脆い状態になっている。おそらく鮫男はその天蓋部分を突き破り、下へ向かおうと考えているのだ。――しかしなぜ天井から?
 ごく標準的な疑問は、しかしすぐさま忘れ去られた。あまり興味のないことだった。それよりも重要な事は、鮫男が山本武の所へ向かおうとしていること、恐らくは救出を目論んでいるだろうことだった。
 ふうん、と雲雀は三度呟いた。自分は鮫男が気に入らない。自分は山本を気に入っている。鮫男も山本を気に入っているらしい。そして鮫男は山本に気に入ってもらいたいらしい。自分はそれが気に入らない。では自分は何をするべきか?


 雲雀は唇の端にうっそりと笑みを刻んだ。雲雀は山本に鮫男を気に入ってもらいたくない。ならば答えは一つ。阻止すればいい。自分の獲物が勝手に斃れることもだが、自分の獲物が自分以外に興味を奪われるなんて事態もまた、許し難いことなのだ。
 (こういうのを何て言うんだっけ?恋路の邪魔ってやつ?)
 とにかく、あの長髪の阻害をできるのならそれは愉快なことだし、それで山本が自分に興味を向けるというならば願ったりかなったりというものだ。屋上でひとり作業にいそしむ鮫男に「僕がもらっとくよ」と一人嘯き、肩で切ってB棟入り口へ向かう雲雀の足取りは、この上なく軽かった。






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いろいろすみません…