初めてだったのだ。
誰かに、ああして背中で庇ってもらうことなんて。



ゴーラモスカはやり過ごしたが、タイムロスと逃走によるルート変更のため、結局その日のうちにアジトに到着する事はできなかった。
二晩連続――ラルにとっては三晩連続だ――となる野宿には正直うんざりしたが、文句を言っても始まらない。ひとまず前日と同じように各々食料を調達し、拾ってきた木切れで火を起す。そうして焚き木を囲んでいるうちに、綱吉と獄寺は疲れが出たのかうつらうつらし始めた。山本はといえば、二人から少し間を空けて座って、時折思い出したように枝を火に放り込んでいる。ラルはそれを横目で見ながら、込み上げてくる欠伸をかみ殺した。
「寝てていいぞ、見張りは俺がやっとくから」
突然声を掛けられ、びくりと体が震えた。
「――いや、いい。…何があるか判らないから」
返答に、そうか、とだけ答え、山本は立てた片膝に頬杖を付きながら、細い枝をまたひょいと火にくべた。炎が一瞬大きく揺らぎ、それに連れて光と影が躍るように形を変える。強く弱く照らす橙の灯りの中で、ラルはまたそっと、山本のことを盗み見た。
黒いスーツの下。今は隠れていて見えないが、右腕には赤く染まったシャツがあるはずだった。



昼間、一旦やり過ごしたゴーラに再度襲われた時、現れたゴーラの一番近くにいたのはラルだった。
継続的に続く緊張による疲労のためか、それとも新しい人物、多少なりとも戦力になりそうな人物との合流で気が緩んでいたのか。普段なら察知できる気配に、ラルは気づく事ができなかった。気がついたときにはもうゴーラの機械仕掛けの瞳は彼女を捉え、標的として定めていた。
――しまった
武器を携えたその右腕が上がる。反射的に、少しでもその射程範囲から逃れようと身を捩った。
――だめだ、もう遅い――

次の瞬間、強い力でラルは真横に引き摺り倒された。咄嗟に何が起きたか把握しきらないまま、それでも可能な限り素早く身を起こしてラルは顔を上げた。その瞬間光が奔って、目の前で赤い色が散った。
「大丈夫か」
抑えた声が掛けられて、そこで初めて、その赤が声の主の――山本の血なのだと気づいた。左手に抜き身の刀を持ち、腰を落とした姿勢のまま、静かに相手を見据えている。右腕は静かに、自分の前に伸ばされていた。……血を流したまま。
「動けるよな?」
「……問題無い」
山本の声は落ち着いていた。背後に庇われる形となってその表情までは伺えなかったが、その声にラルも冷静さを取り戻した。姿勢を整えて再び臨戦態勢を取る。視線だけラルに向けて、山本が口の端にちらりと笑みを浮かべた。片膝をついた体勢から静かに立ち上がる。ぽたり、と腕から血が滴って、ラルの目の前で草の上に落ちて弾けた。
ゴーラの起動音がすぐ近くに響き、思わず緊張に身を堅くした。これ以上梃子摺れば、新たな敵に発見される恐れもある。そんなラルの様子を察したか、今度は体ごと半分振り向けて、山本は口を開いた。
「心配すんな。……大丈夫だから」
「…しかし」
山本の腕が立つことは先の一戦で承知している。でも足手纏いを二人連れた身、簡単にこの場を切り抜けられるとは思えなかった。仮にそれができたとしても、物音を聞きつけた新手が来る可能性は充分にある。もしそうなったら――
ふと、目の前が翳った。はっとして顔を上げたラルの頭を、伸ばされた手がぽんぽんと、宥めるように叩いた。上半身を半分振り向けたまま、山本は苦笑混じりに黒髪を軽く撫でて、囁いた。
「大丈夫だって」
「……っ」
自分に向けられたその動作に、唖然として言葉を失ったラルに、今度は苦笑ではない晴れやかな笑みを浮かべる。そして、静かに立ち上がった。
「――サポート、頼むな」

その笑みとその背中に、目を奪われた。




「どうした?」
問いかけの声が響いて、ラルははっと我に返った。視線の先で山本が不思議そうに自分を見返している。一体どれほどの間自分はこの男をぼんやり眺めていたのか、山本はいつから気づいていたのか。我に返って内心顔から火が出そうに思いながらもそれを無表情で被い隠し、目を逸らして簡潔に答えた。
「別に。……腕は、どうだ」
「ああ」納得したように頷いて、山本は負傷しているはずの右腕をひょいひょいと動かしてみせた。「まー大丈夫だ。血は出てたから深く見えたかもしれないけどな」
「…そうか」
そこでまた、会話は途切れる。木の爆ぜる音と葉擦れの音、それを聞きながら再び襲ってきた眠気と戦っていると、ぽつりと呟きが届いた。
「――ありがとうな」
「?」
「あいつら。守ってくれて」
「…礼を言われる事じゃない」
思わず眉をひそめた。過去の姿に戻ってしまっているとは言え、仮にもあれはボンゴレの当主と幹部なのだ。守るのは自分の義務であり責務だった。
「うん、でももしあんたが居なかったら――俺が見つけたのは、冷たくなったあいつらだったのかもなって。……そう思ったら、震えがきた。」


 また、守れなかったかもしれないと思った。


この男の事は何も知らない。
だが、ひっそりと呟くその表情に胸を衝かれた。浮かべている笑みの影で、自分を庇ったように何気なく、でも全てを守ろうとする背中の影で、こいつは一体今までにどれ程のものを喪ったのか。その掌から落としてきたのか。

「――そんなことはさせない。」
しらずしらず、そんな言葉が口を突いて出た。
瞳に力を込めて、山本を初めて正面から、真っ直ぐに見つめる。負けるわけにはいかない。諦めるにはまだ早い。零れ落ちたものも、喪われたものも、きっともう取り戻す事はできない。……だが、けして無駄にはしない。
この先のものを、守るために。

「そのためにオレが来た。」

きっぱりと口にすれば、驚いたように山本は目を瞬かせ、次いで静かに笑んで目を細めた。燃える炎の柔らかな橙色が揺れ、移り変わる影が一瞬、その笑顔を泣き出しそうなものに見せた。
「……ああ、頼りにしてるぜ」
強く強く頷き返す。そしてもう一度、心の中に呟いた。


(もう、負けるものか)




自分自身と目の前の男と、両方に向けての、これは約束だ。












ちょうど一年ぐらい前(……)に書いて放置してたものですが
山ラル二人組行動に色々期待しつつ、加筆掲載。
コロネロの話が出てなかった頃なので、色々ご容赦下さい…

山ラルにコメント下さったあこさん、ニナさん、ありがとうございました!




BACK