「……おれ、転校することになるかもしれない」



 らしくない暗い表情の山本がらしくない暗い声で発した言葉は、まったくその通り深刻なものだった。
 「――店、な。…閉じちゃうんだ…」
 頭上には青空。暖かい日差し、穏やかな風、呑気な昼過ぎの屋上。そこに唐突に落とされた爆弾発言に、綱吉はまだ少し残っていた弁当をひっくり返し、獄寺は銜えていた煙草をぽろりと落としてズボンを焦がした。



 そういえば、今朝から山本はいつになくひどく落ち込んだ様子だった。さらによくよく振り返れば、1、2週間前から、どことなく様子がおかしかった。
 綱吉も獄寺も何となくそれに気づいて、それとなく尋ねてみたりはしたものの、山本は笑ってふたりの疑問を否定した。いつも通り変わらず振る舞おうとする山本に、結局ふたりは何となく話を聞きそびれたままだったのだ。
 いつか、気が向いたら話してくれるかな。何かあるなら相談に乗ってあげたいんだけど。綱吉などはそう思って気に掛けていたのだが……まさか、そんなことになっているなんて。

 兎にも角にも、一体どういうことなんだと二人に促され、山本はぽつりぽつりと事の顛末を話し始めた
 「…今度、新しく電車通るだろ」
 綱吉と獄寺はこくこくうなずいた。通ると言っても、今まで少し離れた位置にあった二つの駅が一つになって、二つの路線の相互乗り入れが可能になるというだけなのだが。それでも平和極まりない並盛で、それは町中で今一番の話題に違いなかった。並盛を通る人が増えて、降りる人も増えて、「うちに来るお客さんも増えるかなー」と山本は嬉しそうに笑っていたのではなかったか。
 「……それで、町の後押しで商店街のカッセイカ、みたいな計画があったんだけど」


 話によると、その計画は当初はそれほど大きなものではなかったらしい。単に空き店舗となっている場所に、商店街の有志で出資して、新しく商店街の目玉になるようなもの、何か人を呼び込める簡単な店舗のようなものでも作ろうかという話だったのだという。
 「それが、何かだんだんでっかい話になって、どっかのでっかい会社がお金出すのに加わるって話になって……いつの間にか、その会社の店ができる話になっちゃって。…それで、その会社が、ほんとはもっと大きな店を出したいんだけど土地が足りないって言い出して」
 もともと後押ししているのが町だった。最近業績がうなぎ登りで話題も多いその企業に、駄目を承知で試しに声を掛けたのも町の方からだった。そのためなのか、また別に何か事情があるのか――とにかく、町はあくまで強硬姿勢の企業に強く出ることができなかったらしい。企業側の我侭は通ってしまって、そして。


 「……うちの店、立ち退き範囲内に入っちまって」

 そんな無茶苦茶な、と獄寺が呟いた
 「んなアホな話があるかよ」
 「――うん。…オヤジもな、そう言って頑張ってたんだけど」
 だんだんと、山本の声が小さくなり始める。
 「…どうも土地とかお金とか、そこらへんにヤクザみたいな人たちが絡んでるらしくって… きょーはく、みたいな電話とも最近ひどいのな」
 脅迫。思わず鸚鵡返しに口にして、綱吉がごくりと唾を飲む。
 「今、オヤジが反対派のリーダーみたいになってるから…店に火つけるぞ、とか。車突っ込むぞとか。――あと、オヤジは隠してるけど、俺についても何かいろいろ」
 ごにょごにょと語尾を濁して、山本は顔を俯かせたまま口を噤んだ。綱吉と獄寺はどちらからともなく顔を見合わせ、それから山本を見つめて、また顔を見合わせた。
 ぱくぱくと何度か口を開けたり閉めたりして、ようやく綱吉が言葉を発した。
 「…もう、決まっちゃったの?」
 「……わかんね。でも、昨日オヤジに謝られた。力足らなくってごめんなって」
 肩を落とす山本を声もなく見つめ、二人は再度顔を見合わせた。


 事態は相当深刻なようだった。







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着地点決まらないまま見切り発車。