「……派手にやられたわね」

目の前に転がる瓦礫と土の山を見渡しながら、ビアンキは低く呟いた。
爆発の規模から、被害が甚大だろうことの予想はしていた。だが、予想のさらに上を行かれた形だ。案内された基地の入り口周辺は被害が少なかったのだと、今更ながらに来た道を振り返る。白く切り取られたような外の光が遠くかすんで見えた。
電気系統が全て死んでいるため中は暗い。スパナとジャンニーニが組み立てた簡易の小型投光機と、おのおのが持ち込んだ懐中電燈だけが、今のところ視界確保の命綱だ。こんな様子で本当に目的の物が見つかるのか、ちらりと不安が過った。その不安を払拭するように、ジャンニーニが明るい声をかけてくる。
「大丈夫ですよ。この基地は横じゃなく下に広がる形だし、あらゆる自体に備えて強度も強くしてあります。補助の発電設備も各階につけてますから。……ここはひどい有様ですが、他の階はそんなに損傷ないはずですよ」
「――そう。」
ならよかったという一言は、ここまで連れ立ってきた少年を思い出して、胸の中だけにとどめた。
ついさっきまで周辺を駆けずり回ってスクアーロの姿を探していた山本は、今はビアンキの目の前で黙々と瓦礫の山を崩している。積み上がるコンクリートの塊に片端から手を掛けては横にどけているのだが、その様子はどうみても焼け石に水だ。放り出された形になっている懐中電灯の光は、土の露出した壁にぼんやり白い輪を描いていた。
切り傷だらけになりつつある手にひとつため息を落として、ビアンキは瓦礫に組み付く少年に声をかけた。
「……落ちつきなさい。そんな闇雲に探したって見つかりっこないわよ」
スパナ、と続いて呼ばれ、振り返った金髪男が眠そうな目をしばたかせる。
「――何?」
「確か、警戒用に炎探知の装置を持ってきてたわよね」
「…小型のだけどね」
「それ、今ここでサーモセンサーに改造できないかしら?」
「できる」
「どの位かかる?」
「あれはそもそもがサーモセンサーを基にしてる。すぐできる」
「じゃあお願いするわ」
その会話を聞いているのかいないのか。──恐らく耳にも入っていないのだろう。なお黙々と手を動かし続ける山本に、ビアンキはぽんと何かを放った。反射的にそれを受け取め、ようやく山本は我に返ったようにビアンキを見上げた。
「あなたの手はまだ刀を握る役目があるんでしょう。ちゃんと労ってやりなさい」
放られたものに視線を落とす。小さく丸まったそれは、広げてみると灰色の作業用手袋だった。
しばしの間の後、ありがとう、と呟いてそれを付け、山本は再び瓦礫に向き直った。ビアンキもそれを止めはしなかった。


* * *


できた、という声がしたのは、それから20分ほど後だった。
スパナが電源を入れると、携帯ゲーム機ほどの小さな画面にぼんやりと光点が4つ浮かび上がった。……4つ。それ以外には光はない。横で食い入るように覗き込んでいる山本の呼吸が、一瞬、ひゅっと詰まったのがビアンキに伝わった。
「これが座標です。今座標の基準を私たちの足元に設定しますから──、はい。これでOKです」
画面の横の数字が並んだサブディスプレイを示しながら、ジャンニーニが手早く説明をする。「…縮尺は20mから10kmまで自由に設定できます。──今は最大になってますね。で、申し訳ないんですが何せ簡易型なもので、探索精度があまり高くありません。平面空間上は問題ないんですが、上下が特に弱いです。」
「……それに障害物も問題だ」顔を顰めてスパナが付け足す。「遮られると探知しにくくなるから。…近くまでいかないと反応しない場合がある」
「充分よ。ありがとう」
頷いて、ビアンキは山本を顧みた。
「──これは、あなたが持って。」
「………え」
小さな声を上げて、ぎくりと山本は差し出された機械を凝視した。
「一番これを必要としているのは、あなたでしょう」
「…………」
ほら、と促すようにさらに差し出せば、逸らすように視線が泳ぐ。困ったように寄せられた眉根を見て、ビアンキは眉を顰めた。向き直って半歩踏み出せば明らかに体が退いた。退いた体の横で、頑なに握られた拳が微かに震えた。


(──ああ、)

その光景が、ビアンキの疑問をすっと溶かした。

(……恐がっているんだわ、これを)


この小さな機械を。あまりにもはっきりと命の存在、そして不在を示すこの機械を、目の前の少年は恐れている。もしずっとこの機械に光点が映らなかったらと、今はそればかりが頭を支配しているのに違いない。
漂う沈黙を振り払うように、ビアンキはひとつ頭を振った。次いで、空いたほうの手を軽くスピードをつけて翻す。勢いのついたその掌を受け、軽い音を立てて山本の頬が鳴った。叩くというには弱く、撫でるというにはいささか強い衝撃に、山本はぱちぱちと目を瞬かせた。
未だ子供の幼さを残す頬に手のひらを添えたまま、ビアンキはじっと目の前の色素の薄い瞳を覗き込んだ。
「しっかりしなさい、山本武。あなたはスクアーロを探して、助けるためにここまで来たんでしょう?」
「──ビアンキ姉さん」
数年ぶりに聞く、懐かしい呼び方だった。
立ち尽くす少年に被せるように、十年後の男の声を、姿を思い出す。……あの男が自分を名前だけで呼ぶようになったのは、一体いつ頃からだったろう。そんなことを思いながら、記憶にある十年後より一回りも二回りも細い手首をとる。上に向けさせた掌の上に探索機を握らせ、その上から静かに手を置いた。まだ薄い掌は、しっとりと汗を浮かべて冷たかった。


「いい? 必ず見つかると、そう信じて探すの。……それが探し物のコツよ」




ややあって頷いた少年の目は、ようやくいつもの強さを少しだけ、取り戻していた。













標的262〜合流までのスク山の隙間を埋める試み。続くか未定。




BACK