「お前、何してやがんだぁ」
傾きはじめた太陽の光が差し込む中、野菜を片手に何やらせっせと作業している山本を見とがめて、スクアーロは声を投げかけた。
山本が腰掛けているのはキッチンではない。リビングのソファだ。案外潔癖なところがあるスクアーロは、下拵えなら台所に行きやがれとぶつぶつ言いながら山本の手元を覗き込み、顔をしかめた。
「――んだ、こりゃ」
「何だと思う?」
見る? そう言って差し出されたものは、ナスに棒が刺さったとしか形容できないものだった。
「ナスに何やってんだこれは」
日頃食い物を粗末にするなと口うるさいくせにこれはどんな遊びだと、差し出されたものを摘んでさらに眉を顰める。山本の座っている前、リビングのテーブルの上を見ると、ナスとは違う緑色の物体に同じように足を棒を刺されたものもある。使われているのはキュウリだ。四本の棒を刺されたそれは、棒のある側を下にしてまるで動物のようにその場に立っていた。
「……何なんだ一体」
呆れたようなスクアーロの声に、山本はへへ、と笑ってその物体をちょんちょんと突つく。
「精霊馬」
「ショーリョーウマ?」
「日本の風習。――日本では、お盆の間……お盆って、八月のまんなかぐらい、まあもうすぐその時期だけど、その間家に死んだ人の魂が里帰りしてるって言われてるのな」
完成品であるらしいそれを置いて、山本は喋りながらつと立ち上がる。手に小さな紙製の箱を持っていた。
「これは提灯の代わり。……提灯、こっちでもあるだろ。あれに火を入れて軒先につるして、そしたらそれが帰る目印になるんだ」
つるす場所がないからと、玄関横の靴箱の上に置く。それを横目で見ながら、スクアーロは例の野菜を指で示した。
「――で、これは何だ」
「あ、それはお盆の行き帰りに乗るための動物なんだ。キュウリが馬でナスが牛。来る時は早く帰ってきてほしいから馬に乗ってもらって、帰りはゆっくり帰ってなってことで牛なんだぜ。――面白いだろ。」
「……面白いっつうか、変わってんな……」
ジャッポーネの発想ってのは奇抜だぜぇ、などと言いながら、なおも納得いかない様子でキュウリとナスをためすすがめつしているスクアーロに笑い、ふと、山本は目を伏せる。黒く濃い睫毛が目元に薄く陰を落とした。
「日本では、いっつもかーちゃんのためにやってたんだけど、――今年は二頭ずつな。」
「………」
心のどこかで、ちいさく警鐘が鳴った。
(――あー、厄介なスイッチ入りやがったな、こいつ)
本人自身は気付いているのか居ないのか。この同居人はたまに、ひどく不安定な空気を纏う。大方の場合それは日本の生活や父親や、要するに、もう喪ってしまったものが関わっていることが多かった。普段はそんな雰囲気をおくびにも出さないだけに、そんな時の山本はひどく脆く見えた。
(まあ……、仕方ねぇんだろうけどよ)
居心地の悪さに、ぼりぼりと頭を掻く。何か言った方がいいのだろうが言葉が浮かばなかった。こういうときに相手に投げかけられる言葉を、スクアーロは持ち合わせていなかった。それでも黙って放っておくのはどうにも忍びなくて、迷いながらも口を開く。
「……墓は日本だろうがあ」
言ってしまってから何とも考えなしのことを口にしてしまった気がした。が、出てしまった言葉はもう戻ってこない。しまったとまた頭を掻いていると、はは、と苦笑する声が聞こえた。
「まー、墓はそうなのな」
「………」
「でも、帰ってくるんだったら絶対俺の所だと思うんだ。」
横顔に浮かんだちいさな笑みは、やはりどうしようもなく儚く見えた。
「――魂だけなら、距離なんて関係ねーだろ?」
「……おい、」
思わず手を伸ばしかけたその先で、突然くるりと山本はこちらを振り返る。先ほどまでの物憂げな空気はどこへやら、がらりと変わった悪戯っぽい目でスクアーロを見上げた。
「お盆、もうすぐだからさ」
「?」
「多分出るんじゃないかと思うんだ。スクアーロの枕元か夢の中に、息子が世話になってますって。……親父、そーいうのほんとマメだったから」
「ああ?!」
「よろしく言っといてな! 親父、なかなか俺の夢に出てきてくれねーんだもん」
いつものからりと晴れた笑顔でそう言い残して、山本は完成した野菜の動物たちを手にぱたぱたとリビングを出ていった。提灯と同じところに置いておくつもりなのだろう。――その背中を見送りながら、スクアーロは緩く首を振った。
また、あの笑顔にはぐらかされたような気がした。
(……頼れ、なんて絶対に言うつもりもないが)
(泣けなんて、甘いことを言うつもりもないが)
「――本当に。我慢することばっかり覚えて育ってきたんだなあ、てめえは」
夕立ちの匂いを含んだ風が、微かに部屋を吹き抜けていった。
BACK
|