「スクアーロ、跳ね馬から連絡が来てるよ」
事務所兼アジトのソファに腰掛けて剣の手入れをしているところに、マーモンからそう声がかかった。
「ああ」と生返事を返して渡された紙に目を通す。内容は予測した通りだった。そのままおざなりにテーブルの上に放った所で、横から伸びた手がぴらりその紙を摘んだ。
「おい、勝手に見てんじゃねえ」
「いいじゃない、どうせ仕事の件でしょ」
軽く手を振りながら目を通したルッスーリアは、「あら違ったわ」と意外そうに呟いた。
「お前のところの雨は無事こちらを発ったから安心しろ、って、これひょっとして武ちゃんのこと?」
相変わらず気障ねえ、と呆れる横で、会話を聞いていたベルが「ん?」首を傾げる。
「――なら今ヤマモトはスクアーロの所にいないわけ?」
「三日前からいねえな」手入れする手を止め、持ち上げた剣に目を近付けて刃の様子を検分しながらスクアーロは答えた。「門外顧問の計らいで、久々にボンゴレ十代目や他の守護者に会いにいくんだとよ。……まあ秘密裏ってことで、ボンゴレが動けないからディーノが仲介してるらしい」
「なーるほどね」
「他の守護者、ってことは了平ちゃんもかしら? ……あーあ、なんで門外顧問は了平ちゃんを私のところに送ってくれなかったのかしらあ」
日輪の守護者・笹川了平は、青いおしゃぶりのアルコバレーノ・コロネロが現在保護している。ルッスーリアはそれが不満らしく、事あるごとに不平をならしていた。あらゆる意味で身の安全を考えるならそりゃ無理だろうぜ、と賢明にも心中で返答して、黙々とスクアーロは剣を研ぐ方に集中した。その横でルッスーリアとベルの会話は続いていく。
「じゃー今頃、あいつらは同窓会よろしく感動の再会中ってやつなのかー」
「あの襲撃以来だからもう半年以上かしら? 積もる話もあるでしょうねえ」
「羽が伸ばせて良かったんじゃないの、スクアーロ」
「――どうだかな」
てっきり肯定の返事がくると思っていたところへの意外な返答に、ベルとルッスーリアは顔を見合わせた。
「え、え、え、どういうこと? ……やだ、スクアーロ実は寂しかったりするの?」
「すっかり絆されちゃってまあ、キシシ、情けねーの」
「ちげええええ!」
大音量で否定してから、スクアーロは深々とため息をついて眉間を指で押さえた。
「……ホームシックが再発すんじゃねえかと思っただけだあ」
「ホームシック? あらまあ」
「何、あの脳天気そうなガキにもそんなことがあるわけ?」
「―――あー、まあな」
ホームシックというのとはまた違ぇのかもしれないが、と付け加えた。……イタリアに来たばかりのころの表情を思い出す。周囲への遠慮とカラ元気ばかりが上手な性質に誤魔化されていたが、今思えば、あの頃の山本の表情は空虚で、色というものが無かった。
「まあねえ、武ちゃんはこっち来た経緯が経緯だからますますねえ…」
口元に手を添えて、ほう、とルッスーリアが息を落とす。「……それにしてもスクアーロ、あんたほんとに兄貴じみてきたわねえ」
「親父って言った方がよくない?」
「うおおおおい! てめぇら!!」
そこに直れ、と研ぎ終わった剣を装着して立ち上がるスクアーロに、あらやだ怒らないでよー、とルッスーリアは笑い、ベルは懐からナイフを取り出してちらつかせ、マーモンは溜息をついてザンザスとレヴィに連絡を取りはじめ、つまるところ、ヴァリアーはいつも通り平和に騒々しかった。


- - -


「あー、また歯毀れしちまった……」
部屋に戻って再度剣を点検しながら、スクアーロは眉根を寄せた。これはもう一度研ぎなおす必要があるかもしれない。やれやれと立ち上がって道具を取りに行こうとしたとき、玄関からノックの音が響いた。一回、二回、二回。――山本だ。
一応、外を気配に異常が無いことを確認して扉を開けると、そこにはスポーツバックを手にした山本が立っていた。
「ただいま!」
「……おう」
先刻の心配が全く無駄だったような、きらきらした笑顔を向けられて、スクアーロは気圧されながらも拍子抜けした。思わず肩が落ちる。その様子が不満だったのか、山本は少し拗ねたように口を尖らせた。
「――何だよ、ただいまって言ったらお帰りって返すもんだろ?」
「あー、……それにしても早かったな」
「ん、すぐそこまでディーノさんが送ってくれた」
スクアーロと会っていけばいいのにな。そう言いながらリビングに入って荷物をどさりと置き、山本は大きく伸びをした。

「……ん、帰ってきたって感じ、するのな」

「……ああ?」
聞こえてきた言葉に、スクアーロは思わず声をあげて山本を顧みる。その反応に山本もはっと気がついて、ぎくりと体を固くした。ゆっくり振り返って、気まずげにスクアーロを見る。
「――あ〜」
決まり悪げに指で頬をかく。それでもスクアーロが黙って目で促すと、決心したように言葉をつなげた。
「……ん、そりゃもちろんここはスクアーロの家だってわかってるぜ? それにもし無くなっちまったって、俺のほんとの家は日本の並盛の竹寿司だし。」
「………」
「――でもさ、でもここも、俺の家なんだよなって。俺が帰っていいところなんだよな? それでいいんだよな」

ほんの少しの不安を含んだ目が、スクアーロをとらえた。

ややあって、スクアーロはにっと笑みを浮かべた。
「――仕方ねえなあ」
あからさまに緊張していた山本の肩がふわりと下がり、へへ、と気の抜けたような、安堵したような笑みがその顔に浮かぶ。いつものそれよりも気弱げな笑顔から視線を外しつつ、スクアーロは心の中で自嘲気味に呟いた。
(ベルの奴が言ってたのも、案外当たってんのかもしれねえなあ)


絆されている、のかもしれない。完全に。


自覚があるってんだから全く困るぜ、と首を振る。
(……あんな縋るような目をされちまうと、何つうか、無下に否定もできねえ)
だが、そこに不思議と拒絶感は存在しなかった。自分でも不思議なほどに、不快さはそこに無かった。
……今は、この変化をゆっくりと楽しんでいける。



「――あー、山本。ひとつ言い忘れてたぜぇ」
「なに?」
「おかえり、だな」

「……ただいま!」








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