俺には誕生日なんぞ無ぇ。


どこか照れ臭げな笑顔で突き出された花束に、喉元まで出掛かったその言葉を俺は咄嗟に呑み込んだ。
目の前の花束は白を基調にして所々に緑を置いた、シンプルなものだった。男に花束か、と揶揄するように言ってやると、でもあんたに似合いそうだと思って、と拗ねたように口を尖らせる。恐らく本人も思うところはあるのだろう。
「…誰に今日だと聞いた」
直接尋ねられた覚えは無かった。もしあったとしても、まず自分ならば答えをはぐらかしたに違いない。不審気な目に相手は「マーモンに」と笑って答えた。およそヴァリアー内のデスクワークじみた事を一手に引き受けているマーモンなら、その手の事も知っているかもしれないと思ったのだという。一体どれだけふんだくられたのか、頭を掠めた疑問にはそのまま蓋をしておくことにした。

誕生日は、それと教えてくれる人間がいて初めて存在するものだ。――なので、俺には誕生日は無い。目の前の子供が誕生日だと思いこんでいる今日は、俺がヴァリアーに正式入隊した日だ。いつか書類上の手続きで必要となったとき、頭に浮かんだのがこの日だった。それだけのことだ。
馬鹿馬鹿しい、だの、呆れたものだ、だの。目の前で揺れる白い花をぼんやり見つめながら、つらつらとそんな自嘲めいた考えが頭を巡る。…しかしその中にまた違った、形容しがたい何かがあった。柔らかな、あたたかな、落ち着かないような。認めたくはないが、心地のよい何か。

棒立ちのままの俺をどう受け取ったか、「ごめん」と、黒髪の少年の声がワントーン下がって苦笑を帯びた。
「……おれ、思ってたより全然あんたのこと、知らないことばっかりだったみてぇ」
もう結構長い間一緒にいるのにな。誕生日も欲しいものもわからなかった。そう言って困ったように笑う。

「来年は、花束以外の何かを贈れるようになるな」


俺には誕生日は無い。――もっと極端に言ってしまうなら、重ねる時間のカウントも未来へのカウントも、俺には要らない。必要なのはただ、自分の生きる現在のみだ。ヴァリアーとは、人をあやめる生業とは、そんなものだ。血で塗れた道を選択したその日が誕生日、きっとそれぐらいが丁度良い。

……だが。



差し出されたままの花束を無造作に取り上げる。ふわりと花の香が舞い、少年の顔が嬉しそうに綻ぶ。
それでもお前が俺を祝うというなら、俺の生を祝うというのなら。
…それだけでいつか、今日の日は俺にとっても真実となり得るのかもしれない。

きっと、いつか。




「誕生日、おめでとう。スクアーロ。」












スクアーロは山本と過ごすことで、
今まで捨ててきたり必要としてなかったいろいろが大事になればいいと思います。



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