この箱を開ければ、勝機はひらけるという。

おれの手の中でじっとりとふたつのそれは熱を持っていた。もうずっと握り締められたままのそれは、おれの手のひらの熱を吸っておれ自身の体温より熱くなっているような気がした。
目の前では獄寺とツナが、地下室を襲ってきた男たち相手に闘いを繰り広げている。各々、腕に額に炎を纏って。襲ってきたのは三人。こちらも三人。頭数は同じだけど、実質は三対二の戦いだ。
(……おれが、戦えないから)
せめて刀があれば。そう思って唇を噛んで、同時に小僧に言われた事も思い出した。襲撃を受けて外に飛び出す前、刀のスペアを持ってないかと聞いた俺に『生憎ここには無いんだ』と答えて、そのあと小僧は付け足した。
『刀があってもダメだ、山本。この世界の戦い方は、今までとは違う。…お前、箱を持っているだろう?』
『ハコ?』
言われて、ツナたちと会った場所でふたつの箱を見つけたことを思い出す。獄寺に持っておけと言われるがまま拾って、それはジーンズのポケットに入ったままだった。持ってる、と答えたら、小僧は小さく頷いて続けた。
『―― それが大きな力になる。……いいか、山本。覚悟を決めろ。そして願え。お前の望むもの、お前の欲しい力を、だ。…そうしたらその箱は開く』
『…覚悟だぞ。その覚悟が大きければ大きいほど、それはお前の力になる』


(覚悟?)


がり、と、手のひらの中で二つの箱が擦れて音をたてた。
(――何の?)
一体、何についての覚悟だというんだろう?
この未来を受け入れる覚悟? 親父を失くす事の覚悟? 人を斬ることの覚悟?

そんな覚悟、できるわけがない
できるわけが


「山本!」
叫び声がして、体に体温を感じた。ほとんどぶつかるみたいにして駆け寄ってきたツナが、片手を腰に回しておれ諸共に空に飛び上がったのだ。先刻まで自分がいた場所に大きな穴が開くのを空中から眺めて、おれは半分呆然としたまま「わりぃ」と呟いた。
「山本、中に入っていてくれ」
掛けられた言葉に、はっとして頭上の顔を見上げる。額に炎を灯したツナは、いつもと違う厳しい硬い表情で、おれを見下ろしていた。今のままでは役に立たないんだと言外に告げられた気がして、ぎゅっと心が縮んだ。覚悟なんてできない。戦いたくなどない。でも、何もできないのはもっともっと嫌だ。
顔を俯かせて、わりぃ、ともう一度繰り返した。地面へ着地するのを待って、ツナから離れようとする。――と、その腕を掴まれた。振り返ると、ツナがもどかしげな、苛立ったような、縋るような目をしておれを見つめていた。

「…違う、山本」

おれの腕を掴む手は、炎を灯しているのに不思議にひんやりしていた。

「――ツナ?」
「違う。 ……いいんだ、急がなくて」
「……ツナ」
「…ゆっくりでいいんだ ――覚悟なんて。いろいろ考えて、ちゃんと整理ついてから…それからでいいんだ」
「―――」
「急いで決めたりしないで、いいんだ。 ―― それまでは、おれが守るから」

思わず言葉を失って、目の前に佇むツナを見つめる。ツナは目を逸らさなかった。じっと口を引き結んで、おれを見返していた。心の奥のほうまで見渡すような、そんな瞳だった。


「ツナ」
ぽつりと、言葉が漏れた。

「――ツナ、おれ、未来を変えたい」
そう、変えたいんだ。
強がりでもカラ元気でも、何かを忘れるためでもなく。今、心の底からそう思うんだ。

諦めたくないんだ。すべてのことを。


「……この未来と、戦いたい」


口を開きかけて、ふとツナが顔を上げた。同時に爆発音と怒鳴り声が、そう距離をおかない場所から響いてくる。次いでさらに近い場所でもう一発、爆発が起きた。土の跳ねる音や襲撃者の怒号に混じって、獄寺が相手を挑発している声も聞こえてきた。どうやら相当派手に暴れているみたいだ。
爆煙と舞い上がった土埃が薄く筋を描いて辺りに漂う。……その中で、ツナはおれに笑みを向けた。

「――おれも同じだ」



駆け去りざまに残された笑顔は、いつものツナのものと全く変わらなくて、それがとてもきれいに見えた。















ぐるぐる山本その1
小言ツナと山本を会話させたかった。

実際山本はすぐに開けてしまいそうですが。箱。





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