「…あの、」

修行を始めるから用意をして来い。そう言って向けた背中に、そう、山本らしくもない遠慮がちな声が掛けられた。
振り返った先、癖で斜め上に上げた視線を引き下ろす。その引き下ろした視線の先、少し顔を俯けた山本の旋毛が目に入った。新鮮な視点だ。まさかこいつの旋毛を、二人同じ地面に立った状態で見る日が来るとは思っていなかった。そう思ってリボーンは内心苦笑する。思ってはいなかったが、どこかで願っていたのは確かだ。
「どうした」
声を掛けると山本は顔を上げてリボーンを見た。その瞳が僅かに揺らぐ。戸惑っていることが手に取るように判った。

……混乱しているのだろう。無理もない。

リボーンはまた、心の中で苦く笑った。今までは自分をただの子供として見てくれていた山本。得られることなど、望む事すら忘れていた柔らかな笑顔や言葉や優しさ、そういったものを惜しみも躊躇いもせず与えてくれた山本。――だがそれも、今日までだ。
自分から捨てた。未来を切り拓くための最善策として。……そう思いながら、心のどこかが鈍く痛む。
(…俺らしくもない)

あの、と。きゅっと拳を腰の横で握って、山本はもう一度繰り返した。硬い声。その声が続いた。
「…ごめん」
思わず眉をひそめた。なぜ謝罪の言葉が、そこで出てくる?
山本の表情は、相変わらず戸惑いを含んだものだった。その山本が覚束ない考えを繋ぐようにしながら、言葉を続けてゆく。
「…おれ、ぼーずが本当はこんなにでっかいって知らなくて…、年上とか知らなくて」
「……」
「ごめんな。ぼーず、なんて呼んじまってて。……嫌だっただろ?」
「………」
「あ、それに、今もすごいタメ口でごめんな。――呼び方も両方とも、俺すぐ直せないけど、頑張って直すから」

なんて呼べばいい?



その問いかけに、眩暈がしそうだった。



「――今のままでいい。呼び方も、話す時もだ」
「え?いいのか?」
「構わない」
口の端に浮かべた笑みは、きっと自分が意図したものよりも柔らかくなっているに違いなかった。
「お前にそう呼ばれるのが、俺は結構好きなんだ」



――俺はまだ、失わずに済んだらしい。








正体明かした姿で修行つけるんだと思って書いた妄想文。
正体わかっても山本ならリボーンへの態度変わらないと思うんだけど。変わらないといいなと。



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