イタリアかー俺外国って初めてっすよ、飛行機も初めてなんですよ!うわーどきどきするー!

そんなことを楽しげに嬉しげに弾んだ声で話されて、子供みたいに目をきらきらさせている姿を見ると、半ば成り行きで彼をイタリアに連れて行くことになったディーノの心もほわりと暖かくなってくる。自然と口元が緩んできてしまう。これとは真逆の沈鬱な帰国も覚悟していただけに、尚更だ。
興奮のためかきょろきょろと落ち着かない山本を促して、ディーノはファーストクラスのパーティションへと足を向けた。


通された座席に、ひとしきりまた「すげー!」を繰り返してあれこれと押したり引いたり開けたり閉めたりしたあと、山本は満足しきった様子でぼふん!とシートに腰掛けた。続けて隣の席に腰を落ち着かせたディーノは、山本が持ち込んだ手荷物から、何やらごそごそと取り出して広げるのに気づいた。
よくある、海外旅行者向けの会話集だ。だが…
「…山本、お前何読んでるんだ?」
「会話集っす!昨日本屋で買ってきたんです。俺外国語全然話せないけど、やっぱり挨拶くらいはできなきゃまずいですもん!」
「うん、だけどそれ英語だろ?」
「? 英語ですけど」
「イタリアの公用語はイタリア語だぞ」
「…えええ?!だって外国って、英語ならどこでも通じるんじゃないんですか?!」
「んーまあ、通じなくはないが…やっぱり英語は一部だけだな。」
日本人にとっての英語と同じだよ。そう言うと、山本は「そーなんすか…」と眉を下げた。
「…・・・おれ、外国ってみんな英語なんだと思ってた…」
(いや、それはないだろ)
心中突っ込みを返しながら、ディーノはうーんと首を傾げる。


イタリアまでのフライトは約12時間。どうせ時間はもて余すほどあるのだ。


「――じゃあ、今から俺が直接レクチャーしてやるよ。」
「え!いいんですか? おじさん、仕事で疲れてるんじゃ…」
「いいさ、結局、別に何か疲れることをしたわけでもないんだ」
驚いたような、恐縮したような表情の少年にディーノは柔らかく微笑んだ。…次いでその笑顔を苦笑に変えて、続けた。


「……だから、そのおじさんっていうのは止めてくれないかな。ディーノって呼んでくれたら嬉しいよ」




「『はじめまして』が『Piacere』、『こんにちわ』が『Buon giorno』、な。」
「…ぴあちぇーれ…、ぶぉんじょーるの……(ぶつぶつ)」
「(可愛いなあ…)」









きっとこの一角はピンクのお花オーラが飛んでいます。



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