唸るような咆哮を上げて、最後のモンスターが地に溶けた。


痕跡が完全に消えたことを確かめて、それぞれ油断なく手に構えていた武器を下げる。ようやく訪れた静けさに、誰からともなしに安堵の溜息が漏れた。
「…結構、きつかったわね…」
キスティスが、降りてきた前髪をうるさげにかき上げながら呟いた。アーヴァインが無言で頷いて賛同の意を示し、セルフィがその場にぺたりと座り込んで大声で愚痴る。
「きっついよー!話と全然違うじゃん!これのどこが『低レベルモンスター』なのよう!」

…全くだ。

痺れる腕をさすりながら、俺も深々と溜息をついた。
『街の近くに頻繁に現れる低レベルモンスター達の駆除』、それが今回の依頼内容だったはずだ。―― それが実際に来てみたら、さすがにドラゴンなどの超高レベルのモンスターは居なかったけれど、それでも中級以上のモンスターばかり。低レベルモンスター用のジャンクションと装備しか行ってこなかった俺達は、相当な苦戦を強いられる羽目になった。
「……もう少し正確なデータを一緒に送って貰うよう、今後注意するべきだな。…学園長に伝えておこう。」
ガンブレードの血糊を払いながらスコールが独り言のように呟く。今回の任務は流石のスコールにとっても荷が重かったんだろう。ほとほと、といった感じに、声に疲れが滲み出ていた。
勿論、それは俺も同じなわけで。
腕とか足の筋肉がだるい。じっとり汗を掻いて、おまけにところどころ敵の体液が付いてる全身が気持ち悪い。
「とにかく、終わったんだしさ。早く戻ろうぜ。俺もうくたくただよ。」
何はともあれ、取り敢えず早く帰りたかった。
俺の言葉に全員が頷く。どうせ手持ちの魔法も尽き掛けているんだ。かたっぱしから出てくるモンスターを殲滅して、一応依頼内容は終わったんだし、もうこれ以上この場所に居るのは得策じゃない。

異議の有るわけもなく、全員が街へと続く道の方向へと足を向けた。




駆除を続けている間に、何時の間にか俺たちは随分と町から離れた場所まで来ていたらしい。30分ぐらい歩いても、まだ街のゲートの影は見えてこなかった。
「…やっぱしジープか何か借りた方が良かったんじゃないか〜?」
「――依頼内容は『街の周辺モンスターの駆除』だ。ジープを使ったんじゃ、モンスターを見逃すだろう」
脱いだテンガロンハットで顔を扇ぎながら嘆くアーヴァインに、スコールがにべも無く言い放つ。ちょっと肩をすくめて、アーヴァインは「ハイハイ」と呟いた。
スコールの言い分はわかるけど、アーヴァインの気持ちも無茶苦茶良くわかる。……っていうか、スコールも多分同じ事思ってるんだろうな。スコールの眉間の縦ジワは、いつもの倍ぐらいの深さになってるように見えた。だいぶ、機嫌が悪い。
「とにかく、無事に終わって良かったわね。――ほら!ゲート見えて来たわよ」
手庇を掲げて、キスティスが遥か道の向こうを眺めやった。俺もつられて道の先に視線を送る。ちっこいゲートの影が、ようやく形になって近づいてきている。あー良かった。
「これで日干しにならずに済むぜ〜」
「ね、街に帰ったら報告の前に宿にもどろーよ〜」
好き勝手なことを喋り始めた俺とセルフィの会話を、その時、スコールの低い声が遮った。
「まだだ」
「え?」
スコールは厳しい目で前方を見据えていた。その目線の先で、地面の1部分がゆっくりと形を変えようとしている。
のんびりと後方を歩いていたアーヴァインが、再び銃の劇鉄を起こした音がした。横のセルフィの表情も俄かに緊張する。キスティスが鞭を取りだし、俺も溜息を吐きつつ軽く肩を回す。
――前方10メートル。草原に混じって所々岩が顔を出す地形の、その岩の部分が不気味に揺れている。再び臨戦体制を取った俺達の前でそれは奇妙に膨らみ、形を変え、巨大な1組の手になった。
むくりと起きあがったそれの指先が、弧を描くようにして動き始める。
「魔法を使うわよ!」
キスティスの声にスコールが素早く応じて、サイレスを唱えた。立て続けに、もう片方の手にブラインを唱える。相手の動きが取れなくなった所に、俺とアーヴァインとセルフィがすかさず攻撃を叩き込む。手順通りの攻略法だ。
これなら、疲れ切ってる今の状態でもそんなに苦労せずに倒せるだろう。――そう思って小さく息を着いたとき、感覚網にまた別の気配が掛かった。はっと振りかえった視線の先に、新たなモンスターの影が飛び出して来る。
「!!」
いつの間に近づかれてたんだろう。
長い足を持つそのモンスターは、一番間近にいたセルフィに向かった。セルフィは、最初の2体への攻撃に気を取られて全く気がついていない。鋭い鉤爪がついた足が、その背中に向けて振り上げられる。
「危ない!!」
考えるより先に体が動いた。横っとびに飛んで、セルフィの肩を思い切り突き飛ばす。そのまま振り返って、モンスターの一撃を腕を交差させて受け止めた。衝撃に骨が軋み、、足元がぐんっと土に沈む。


その時だった。


地面が振動した。
「!! ゼル!」
スコールが振り向いて叫ぶ。
え、と思う暇もなかった。スコールの姿を、地面から突き上る岩の柱が隠した。



…いつの間にサイレスが切れていたのか。



(――やば…)
衝撃が全身を覆った。
体が鋭い岩に貫かれる。その激痛を最後に、俺の意識は途絶えた。




・ ・ ・





遠くで、声が聞こえた気がした。名前を呼ぶ声。何度も何度も繰り返される声。
(……何だよ…)
心の中で小さく呟く。
うるさいな。寝かせてくれよ。――俺、すげえ、眠い。
ふと、何だかあったかくて柔らかい感覚に頬を包まれる。まるで手みたいな…



……手?
誰の。



急速に意識が浮上して、ようやく目を開いた。
けど、焦点が合わない。目の前にあるものが判らなくて、確かめようと2、3度目をしぱしぱさせる。――と。
「ゼル――――!!」
目の前にあるものが叫んで、抱きついてきた。
軽い衝撃が体に伝わってくる。でも、それだけでも今の俺には結構な負担のようで、思わず小さな呻き声が口を突いて出た。


「ゼル、ゼル…!……良かった…よかったよお…」


それでも俺の首にかじりついたままそう繰り返し、泣きじゃくるのは。
「……セルフィ…?」
やっとの思いで呟いた声にぴくりとセルフィは反応して、再びぎゅっと俺を抱き締めた。
――痛ぇ…。
「ほら!いい加減離れなさいセルフィ!ゼルが怪我してるってこと忘れたのかい?」
聞き慣れた声が耳に届いて、その時ようやく、俺は今自分がどこに居るんだか判った。セルフィが退いて、今度は代わりに視界にカドワキ先生の姿が入って来る。
「大丈夫かい、ゼル?意識、はっきりしてるかい?」
小さく頷いただけでそれに答えた。意識はしっかりしているようだけど、正直なところ体中が重くて声を出すのも億劫な感じだ。
カドワキ先生は笑って俺に頷き返し、後ろでぴょこぴょここっちを覗き込んでるセルフィを振り返った。
「セルフィ、みんなに知らせておいで。ゼルが目を覚ましたって。」
「は――い!」
両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねると、セルフィはそれこそサボテンダーみたいな速さで扉の向こうへ消えていった。その姿を見送り、先生は、さて、とこっちに向き直る。


「…痛い所は?」
「……あちこち、痛い…。」
そう言ったら、そうだろうねえ、と嘆息された。
「――運ばれてきた時は、酷い有り様だったんだよ?」


…やっぱり。
結構でかいダメージ食らっただろうな、というのは、最後に感じた衝撃だけで想像がついていた。見えないけど、手とか足とか体中に包帯を巻かれてるような気配がする。
「魔法の直撃受けたんだって?」
「…うん…」
「まだ当分の間は絶対安静だからね。あんた丸3日眠りっぱなしだったんだから。」
「…そんなに?」
「ああ。大変だったんだよ?」
その割には腹減ってないなあ、なんてぼーっと考えている耳に、不意に扉が開く音が聞こえた。


「ゼル!」


珍しく、息せき切った声。ハイヒールの靴音。キスティスだ。
「おや、早かったね。」
「ちょうどそこでセルフィに会ったんです。」
ベットの横に屈んで、こっちを覗き込んでくる。心配そうな瞳が何だか照れ臭くて、俺はちょっと笑った。それに釣られるみたいにキスティスも微笑む。ほっとしたような、安堵の笑み。目尻が少し赤くなっている。
「――良かった…」
溜息交じりにキスティスは呟いた。彼女らしくない気弱な声。
「心配、したのよ…。」
「…ゴメン……」
その声に何だか言い返すことが出来なくて、俺は大人しく謝った。屈んだまま、キスティスは金髪を揺らして大きくひとつ、首を振った。普段俺がTボードで事故ったり何か失敗をやらかした時、お説教の前に必ずする仕草。
「……もう…、お願いだからあんまり心配させないでちょうだい?」
丸っきりいつもと同じ調子で発せられた台詞が可笑しくて、俺はまた笑った。キスティスも笑う。今度は晴れやかな笑みで。
「――キスティスは苦労性だから」
「苦労の種のひとつが、そんなこと言わないの!」
軽く頭を小突かれて、俺達はもう一度笑った。




背後で、再び電子音がした。


「あ、キスティ。来てたの〜?」


この声。アーヴァインだ。
キスティスの横から、予想に違わずテンガロンハットをかぶった頭がひょいとのぞく。
「や、ゼル。久し振り〜。」
ひとつウィンクをこっちに寄越して、アーヴァインはキスティスの方を向いた。にっこし笑いながら横顔を伺うようにして話しかける。
「だから言っただろ〜?ゼルは大丈夫だって。」
「だって…」
反論の声を無視。今度はアーヴァインは俺のほうに向き直り、「聞いてくれよ〜」と大仰に首を振る。
「も〜ゼルが寝てる間大変だったんだよ〜?セフィはここに詰めっきりでご飯も食べに行こうとしないし、キスティスは講義が上の空で挙げ句の果てに無断休講にしちゃうし〜。そりゃ、気持ちは判るけどさ、それにしてもキスティもセフィも心配性すぎるんだよ〜。」
「…悪かったわね…。」
顔を赤くしてぷいと横を向くキスティス。大げさな身振りでやれやれ、と肩を竦めるアーヴァイン。――と、そこにカドワキ先生が茶々を入れた。
「良く言うねえ、あんた。暇さえありゃ保健室の前でもって右往左往しておろおろした挙句、入りゃいいのに結局いっつもそのまま帰ってってたのは誰だい?」
「げ。」
なぜそれを、と言わんばかりの顔つきで、アーヴァインはカドワキ先生を顧みる。キスティスがぷっと吹き出した。
「べ、別にそんな笑うことないだろ〜?仲間の心配をするのは当たり前…ってゼル!もーゼルまで笑ってるし〜。心配して損したよ〜。」

ぐちぐちとアーヴァインはこぼし始め、それでも嬉しそうに顔は笑っていて。
俺も、心配してくれてたアーヴァインに悪いとは思いながらも、くすくす笑いを止めることが出来なくて。


――帰ってきたんだなあ


ようやく、その思いが頭の中を巡り始める。

今こうして、生きてここに居ること。
それを、仲間たちが喜んでくれていること。
その暖かさが嬉しくて。

――良かった。

改めて、俺は胸の中に呟いた。




扉の電子音が響いて、我に返った。

「あ、セルフィ」
キスティスが振り返る。
「あ〜、もうみんなおそろいだね〜。」
軽やかな足取りがベットに近づいてきて、足元の方にひょこりと茶色の髪がのぞいた。にこっと笑って、ちょこちょこと手を振ってくる。
「あれ、スコールは〜?」
「ん〜、呼びに行ったんだけどね。今、なんか忙しくって手が離せないみたいなの。後で来るって〜。」
…あ、そっか。帰って来ないと思ったら、スコール呼びに行ってたんだ。
「……スコール、ブリッジにいるのか?」
「うん。なんか相変わらず忙しそうにしてたよ〜。」
何の気なしに問いかけた言葉にセルフィーが答えた。俺のことを見つめる瞳に、なんつーか凄く面白がるような光が浮かんでいる。
「…な、なんだよ」
セルフィがこういう目をする時は、ろくでもない事を言い出したりやりだしたりする時が多い。――そして案の定、彼女は不穏な笑みを浮かべて言い出した。
「な〜に?ゼル、なんかものすご〜くがっかりした顔してるよ?」
「…えっ!?……そ、そんなことねえよ!」
「隠してもダメだよ〜、すぐゼルは表情に出るんだからバレバレだよ〜。」
くすくす笑いでそう言われると、身に覚えのある俺は返す言葉が無い。なんだよそれ、とか言い訳にもならないことをもそもそ呟いて、ぷいと顔を背けるのが関の山だ。
「ゼルってば〜、『やっぱし俺ってスコールに嫌われてるんかな〜』とか思ってんでしょー。図星?」
しつこくセルフィは俺の顔を覗き込んでくる。ああもう、図星だからほっといてくれよ。
「気にすること無いわよ、ゼル。そういう所がスコールなんだから。」
完全にブランケットに埋まって拗ねている俺の頭をぽんぽんと叩いて、キスティスがそう言ってくれた。――そう、そうなんだよな。べつに悪気があるとかそういう訳じゃないんだ、スコールの場合。
ただクールで合理性を重んじてちょっとばかし思いやりに欠けるところがあるっていうだけで。


……でも、やっぱりちょっと寂しいって思うのは俺のエゴなのかな…。



がば、と俺の上からいきなりブランケットが取り払われた。
目の前に、身を乗り出すようにしたセルフィの顔。


「でもね、はんちょのために弁護しとくけど!スコールはんちょ、すっごくゼルのこと心配してたんだよ?だって食堂でごはん食べる前と後には必ず、ここにゼルの様子見に来てたんだから。」


「――え」
内緒話のようにこしょこしょと耳元で告げられたその言葉に。
一瞬。言葉を失ってまじまじとセルフィを見返した。


「…スコールが?」
「そ!あのスコールはんちょが!」
にこにこしながらセルフィは頷く。
「だからそんなにスネないスネない!」
「すねてねーよっ!」
ぽんぽんとガキにするみたいに頭を叩く手の下から逃れながら、口元が綻んでしまうのをどうしても我慢できない。スコールが来てくれてた。あのスコールが、何度も。
俺のことを心配して。
「あ〜あ、ゼル嬉しそ〜〜な顔しちゃって」
何だか心に暖かいものがじんわり染み込んで来るような感じがして。いつもだったら即座に言い返すか頭をはたくかしてやるアーヴァインの茶々も、俺はちょっと苦笑しただけでやり過ごした。


「ほら、そろそろあんたらは戻った戻った!ゼル、あんたケガ人なんだからね?今はしっかり休養取って、しっかり体直すのが先決だよ。」
「待っててね、ゼル!明日は必ず本人連れて来るから!」
「そうね、ずっとスコール気にしてたんだし」
「シュウも心配してたよ〜。教えてあげないと」
「あ、ディンさんにはさっきちゃんと連絡入れといたから安心してね〜!」
「ちゃんと後で自分で電話しとくのよ?」
「……あんた達、ケガ人の見舞いはいいけどあんまり保健室で騒ぐんじゃないよ?」



賑やかな声、声、声。
懐かしい、暖かい声。
自分の帰って来る場所の。



その声に包まれながら、俺は小さく欠伸をして。
何だか幸せな気分で、静かに瞼を閉じた。






ゼルが皆に思われてる話が書きたかった…

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