「トゥリープ先生、おめでとうございます!」
「おめでとうございます〜!」
 
 
執務を終えて出てきた司令室の、その扉の前で突然数人の生徒たちに囲まれて。キスティスは目を丸くした。
声を掛けてきた生徒たちを見れば、手に手に何か包みを持っている。彼女達の言葉と、その包みの意味するところが咄嗟に解らなくて、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「――え?」
聞き返す暇も与えられず。資料を手にした腕の上にその箱をどんどん置かれて、キスティスは戸惑いつつも為す術無くその様子を見守るばかり。
やがて手にしていた色とりどりの包みを全てキスティスの腕に置き終えて、彼女達は再度声を合わせてキスティスへとぺこりと頭を下げた。
「先生、お誕生日本当におめでとうございますっ!」
それから俄かにくるりと踵を返して、ばたばたと駆け去ってゆく。きゃ〜、手渡ししちゃったよ〜!といった嬌声を遠くに聞きながら、キスティスは改めて、腕の中で小さな山を成した包みを見下ろした。
じわじわと、ゆっくり水が染み込んでくるように、自分の思考回路の中でその箱の意味が理解されてゆく。
 
 
 
すっかり忘れていた。
 
今日は、10月4日
 
 
 
(――私の誕生日じゃない。)
 
 
 
その事に今の今まで全く気付いていなかった自分に、キスティスは思わず悄然と溜め息を付いた。
……しかし、忘れていたのも無理もない話かもしれない。
ここ一ヶ月ほど、SEED達は皆多忙を極めていた。一ヶ月と少し前に、ドール公国が正式にガルバディアから独立する事が決まり、その裏で独立を阻止しようとする一派が活動を活発化させて。ガーデンには要人警護と諜報活動と過激派の拠点潰しの依頼が、ガルバディア・ドール両国から殺到した。そんな時に限ってエスタでも何か大掛かりな祭典が催されるらしく、また警護が欲しいと依頼がやって来て仕事は倍増する。
ガルバディア・トラビア両ガーデンは、まだガーデンとしての機能を完全には回復していない。依頼をこなせるのはバラムガーデンだけ。――そんなわけで目下、バラムガーデン下のSEED達は休み無しの状態で世界を駆けずり回っている。無論、キスティスでもそれは例外ではなく、自分の誕生日など思い出す暇も無かった。今日バラムに戻って来ていたのだって、本当に偶然なのだ。
 
 
「……誕生日、ね……。」
寧ろ気が付かない方が良かったかも、とキスティスは内心で呟いた。
今ガーデンには、彼女の幼馴染みたちは一人もいない。スコールはガルバディアに、セルフィとアーヴァインはドールに、サイファーはエスタに。それぞれ依頼を果たしに行っている筈だ。普段ガーデンに居る事が多いシュウですら、サイファーと共にエスタへと任務で赴いている。
ゼルは……、ゼルはスコールと一緒に遥か海の彼方。ガルバディアで要人警護の任に就いているはず。
 
 
自分1人の、誕生日。
 
 
幾らプレゼントを貰っても。誰も側で祝ってくれないのなら、誕生日など意味が無い。
一緒に祝って欲しいと願う人がいないのであれば。
 
 
 
 
「――どうしようかしら、これ。」
 
 
 
折角贈ってくれた生徒たちには悪いけれども。腕にかかる重さは、今のキスティスには只疲れを覚えさせるだけだった。
 
 
 
 

・ ・ ・

 
 
 
 
取り敢えず出てきたばかりの執務室にプレゼントを置いて、何か入れる物を探そうと寮へ足を向けた。
廊下に出ると、思っていたよりも冷たい空気が身に纏わりつく。思わず両腕で体を抱くようにして窓越しの空を見上げると、まるで今の自分の心情と同じように一面、鈍色の厚い雲で覆われていて、思わず溜め息が漏れた。
 
 
……何だか、散々な誕生日。
 
 
憂鬱な気分のままホールを抜けて、寮へと続く廊下に出る。人気の無い通路へと踏み出して―――、そして、気づいた。
寮の出入り口。その側に、壁に背を預けるようにして立っている誰かがいる。
 
 
 
 
心臓が止まるかと思った。
 
 
 
 
 
――ゼル、だ。
 
 
 
 
 
立ち尽くしたまま動かない、否、動けないキスティスにゼルが気付いて、ちいさく照れたような笑みを浮かべた。
ぴょんと斜めだった身体を立てて、こちらへと歩み寄ってくる。
 
「……よ。 キスティス」
 
その右手に、白いレースで包まれた大きな花束が握られているのを、キスティスは半ば夢を見ているような想いで見遣った。
それが自分のために用意されたものだということは、どうも間違い無いようで。
 
 
――でも、何で。
だってゼルは今確かに、任務中で。
 
 
「……何時、帰ってきたの?」
押し出した声は、少し震えているように自分でも感じられた。
「ついさっき。途中でウィンヒルに寄ってたから、ちょっと遅くなっちゃったけど。」
「…任務は?」
「うん、途中。中間報告に来たんだ。」
「……でも。」
幾ら報告とはいえ、任務中には余計な時間は一切取れない。――私事など尚更だ。
ガルバディアからなら恐らく飛行艇でガーデンに戻って来たのだろうが、通常ならば報告と簡単な口頭質疑を行って、それからまっすぐ任務地へととんぼ返りになる。任務が絶対のSEEDにとって、破ればランクが下がるだけでは済まない規則。こんな、寄り道して花を買って、自分を待っていたりする余裕など無い筈なのに。
 
 
「スコールにちょっと、無理言ってさ」
キスティスの視線を察したのだろうか。ゼルは軽く鼻の頭を指で掻いた。
「帰るの半日伸ばしてもらったんだ。今日キスティスの誕生日って覚えてたから。――だから、これ。」
 
はい、と差し出したゼルの顔は、心持ち紅潮していた。
 
「誕生日、おめでとう。 ……こんなんでごめんな。もっと凝ったやつとかが良かったんだけど、俺何贈ればいいかもわかんないし。」
 
 
 
 
「――ありがとう。」
呆然としたまま呟いて、その大きな花束を受け取った。ふわりと薫る薔薇と鈴蘭の香り。受け取った手にはずっしりとした重みがかかる。――先刻とは違う、心地の良い重さ。
赤と白のコントラストの向こうに、ちょっと赤くなったゼルの笑顔が覗いた。照れ屋の彼がこんな花束を買うなんて。それを自分に贈ってくれるなんて。
 
自分のことを、こんなふうに祝ってくれるなんて。
 
 
 
 
「………えと…、キスティス?」
  
黙りこくってしまったキスティスを心配したのだろうか。不安げにゼルが声を掛けた。
「…ごめん、その……、余計なことしたかな」
「そんな、そうじゃないの。……ただ、ちょっとびっくりしちゃって」
 
 
 
花の香りが、ゆっくりと胸に降りてくる。
それと一緒に、さっきまで心の中にあった湿った靄が静かに消えてゆく。代わりに切ないような、甘酸っぱいような想いで心は一杯に満たされてゆく。
 
 
 
花束から顔を上げて、キスティスは微笑んだ。
 
「――ありがとう、ゼル。……すごく嬉しい。ほんとに、ありがとう」
 
 
 
その言葉と表情に、ゼルもまた笑顔になって。ほんの軽くキスティスを抱き締める。
こつん、と額と額が触れ合って。……ゼルの悪戯っぽい囁きが、耳へと届く。
 
 
 
 
「…任務終わったらさ、2人でどっか行こうぜ?」
 
「……そうね、考えとくわ」
 
 
 
 
 
 
――小さなくすくす笑いは、誰もいない廊下を緩やかに流れて、消えていった。

 
 
 
 
 
 
                                              END





PONBBさんにお贈りしたお話。

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