司令室を出た所で後ろから呼びとめられて、サイファーは振り返った。


ぱたぱたと軽い足音と共に、金色の逆毛頭がこちらへ走ってくる。
もう最近では足音だけで、彼だと判るようになってしまった。


「よう、どうしたチキン」
駆けて来たゼルをいつもの皮肉な笑みで迎える。


向き直ったサイファーの目の前で止まる小柄な体。
少し息を整えてから、きれいなブルーの瞳が彼を軽く睨んだ。


「いーかげんその呼び方よせよな」
「そういうちいせえ事に拘ってるからますますチキンなんだよ」
「また言うし」


ぶう、と拗ねた顔をして、しかしその表情はすぐに消えた。
妙に真面目な顔になって、顔をのぞき込むようにしながら問いかけてくる。



「・・・で、どうだった?もらったんだろ、任務日程。」
「・・・・ああ。」


差し出された小さな紙片を受けとって、ゼルはその文面に目を走らす。・・・と、見る見るうちにその表情が曇ってゆく。

「――2週間?しかもF.H?」
「まあ、予定ではな。」
「――無茶苦茶長いじゃん・・・・。」
「そんな言うほどじゃねえだろ。ちっとばかし長いだけで」
「・・・だって・・・俺おとつい帰ってきたばっかなのに・・・・」


残念そうな口調。


「何だ?寂しいのかお前?」






馬鹿にすんなよな。
予想していた憎まれ口は聞こえずに、サイファーはおや、と少々以外そうにゼルを見つめ直した。




俯き加減の彼の表情は、自分の目線の高さからは窺い知ることが出来ない。
ただ、肩のラインや力無く体の両側に下がったままの腕が、本当に落胆しているということを余す所無くサイファーに伝えてくる。


(…参ったね)


時折、ゼルは何の前触れも無く素直になる。
普段の意地っ張りな態度がまるで嘘のように影を潜めてしまう。
そんな時どういう行動を起こせばいいのか、未だにサイファーはとっさの判断に迷うのだ。


つい最近まで、自分はそのような素直さとは無縁でいたから。






「――じゃあさ。ひとつ約束してくれないか?」




ちょっとした間を挟んで、ゼルはそう切り出した。


「約束?」
妙に肩に力が入って見えるのは気のせいだろうか。
「――うん、約束って言うか…、約束。」
「どんな?」


聞き返したら、口篭もって視線を足元にさ迷わせた。
暫く待ってみてもそのままなので、しだいにサイファーは苛々し始める。


「・・・言えよ」
「――う、ああ、でも」
「言わなきゃどんな約束だかわかんねえだろうが」
「・・・・ぜってーあんた笑うし」
「だから言わなきゃわかんねーだろうがよ」


苛々が頂点に達しかけたのが伝わったのか、ゼルは小さく息を吐いて、口を開いた。
「――あのさ、夜、月見て欲しいんだ」
「・・・・?」
「・・・ここと、F.Hだと、そんなに時差もないだろ?・・・だからさ、オレも見るから」
「・・・・・」
「――あ、いや、嫌だったり面倒だったら、いいから。忘れてくれよ。」
「・・・・・いつだ?」
「・・・・え?」
「え、じゃねえ。まさか夜通し空見上げてるのか?」




途端に、ばっと顔が上がった。
まじまじと、サイファーの顔を見つめる。目を丸くした驚きの表情が、ぱあっと、嬉しそうな笑顔へ変わってゆく。


「・・・んじゃ、日付が変わるころ」
「こっちでか?」
「うん」


へへ、と照れ臭そうに笑ってサイファーを見上げ、ゼルは小声で囁いた。
「――ありがと、サイファー。」




こんなとき。

こんな時、ふと心から彼のことを愛しいと思ってしまう。




「―――」


無言のまま目を逸らして、サイファーは廊下を歩き出した。
1歩後ろを追いかけるように、ゼルの足音が続く。
その足音を知らず知らずのうちに確かめている自分に気付き、微かに苦笑を浮かべた。




まだ慣れない彼への思い。
まだ慣れない自分の変化。


しかしそれも、いつかこの足音のように己に馴染んでゆくのだろう。




「なあ、忘れんなよ?」
「その台詞そのまま返してやるぜ、鳥頭。」
「あ、ひでー!」




言葉とは裏腹に幸せそうなくすくす笑い。




思わずそれに聞き惚れて、サイファーは軽く首を振った。




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