ぱたぱたと軽い足音と共に、金色の逆毛頭がこちらへ走ってくる。
「何だ?寂しいのかお前?」 馬鹿にすんなよな。 予想していた憎まれ口は聞こえずに、サイファーはおや、と少々以外そうにゼルを見つめ直した。 俯き加減の彼の表情は、自分の目線の高さからは窺い知ることが出来ない。 ただ、肩のラインや力無く体の両側に下がったままの腕が、本当に落胆しているということを余す所無くサイファーに伝えてくる。 (…参ったね) 時折、ゼルは何の前触れも無く素直になる。 普段の意地っ張りな態度がまるで嘘のように影を潜めてしまう。 そんな時どういう行動を起こせばいいのか、未だにサイファーはとっさの判断に迷うのだ。 つい最近まで、自分はそのような素直さとは無縁でいたから。 「――じゃあさ。ひとつ約束してくれないか?」 ちょっとした間を挟んで、ゼルはそう切り出した。 「約束?」 妙に肩に力が入って見えるのは気のせいだろうか。 「――うん、約束って言うか…、約束。」 「どんな?」 聞き返したら、口篭もって視線を足元にさ迷わせた。 暫く待ってみてもそのままなので、しだいにサイファーは苛々し始める。 「・・・言えよ」 「――う、ああ、でも」 「言わなきゃどんな約束だかわかんねえだろうが」 「・・・・ぜってーあんた笑うし」 「だから言わなきゃわかんねーだろうがよ」 苛々が頂点に達しかけたのが伝わったのか、ゼルは小さく息を吐いて、口を開いた。 「――あのさ、夜、月見て欲しいんだ」 「・・・・?」 「・・・ここと、F.Hだと、そんなに時差もないだろ?・・・だからさ、オレも見るから」 「・・・・・」 「――あ、いや、嫌だったり面倒だったら、いいから。忘れてくれよ。」 「・・・・・いつだ?」 「・・・・え?」 「え、じゃねえ。まさか夜通し空見上げてるのか?」 途端に、ばっと顔が上がった。 まじまじと、サイファーの顔を見つめる。目を丸くした驚きの表情が、ぱあっと、嬉しそうな笑顔へ変わってゆく。 「・・・んじゃ、日付が変わるころ」 「こっちでか?」 「うん」 へへ、と照れ臭そうに笑ってサイファーを見上げ、ゼルは小声で囁いた。 「――ありがと、サイファー。」 こんなとき。 こんな時、ふと心から彼のことを愛しいと思ってしまう。 「―――」 無言のまま目を逸らして、サイファーは廊下を歩き出した。 1歩後ろを追いかけるように、ゼルの足音が続く。 その足音を知らず知らずのうちに確かめている自分に気付き、微かに苦笑を浮かべた。 まだ慣れない彼への思い。 まだ慣れない自分の変化。 しかしそれも、いつかこの足音のように己に馴染んでゆくのだろう。 「なあ、忘れんなよ?」 「その台詞そのまま返してやるぜ、鳥頭。」 「あ、ひでー!」 言葉とは裏腹に幸せそうなくすくす笑い。 思わずそれに聞き惚れて、サイファーは軽く首を振った。
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