青いクレヨンが一番好きだった。
孤児院の周りの海の色。晴れた日の空の色。
一番気に入っていた、車のおもちゃの色。
その全部を描く事ができるから。



その日、外は雨で。屋外で遊ぶことの出来なかった石の家の子供達は、ママ先生からそれぞれ一枚白い画用紙を貰い、思い思いに好きな絵を描いていた。
そんな中、壁際で紙を前にしてちょこんと座ったゼルは、まだ何を描こうか思案中だった。

こないだサイファーが見ていたテレビのドラゴン。ちょっと怖かったけれど、サイファーは「ワルモノなんだ!」って言ってたけど。でもちょっとかっこよかった。大きくて。ごーって炎を吐いて。あのドラゴンにしようかな。それで、勇者がドラゴンと闘うんだ。
あ、でも船もいいな。おっきい船。真っ青な海に浮かんで、いろんな所へ冒険してる。海賊と戦ったり、大きな海の怪物を倒したりしながら。

目の前に広げられた、真っ白な、大きな紙。
まっさらの画用紙には、どんな世界でも描けそうな気がする。

(よし!今日は海賊と海にしよっと)
わくわくしながら中央に置いてあるお道具箱の前へ歩く。描くのに出遅れたためクレヨンはそんなに多く残っていなかったけど、いつも使う青いクレヨンはまだ箱の中にあった。隅のほうに寄っていた其れを身を乗り出してよいしょ、と取ろうとした時、脇からさっと伸びた手が、ほんの指先にあったクレヨンを掠め取っていってしまった。

「あ!それ、ぼくが使うの。」
「んだよ。先に取ったのは俺だろ?」

口を尖らせて振り返った先には、むっとしたように眉を跳ね上げたサイファーが居た。う、と言葉に詰まったゼルは、それでもどうしてもその青いクレヨンが欲しくて珍しくサイファーへ食い下がる。

「でも、でも、それが無いとぼく、海が描けないよ」
言ってしまってから、いつものように怒るかな、とちょっと首をすくめたが、意外にも向けられたのは少し驚いたような視線だけだった。
「…なんだ、お前もか」
「……え?」
「海描いてるのか」
「…う、うん。」
「――ふーん」

しばし大人ぶった仕草で腕組みをして考えていたサイファーは、よし、と手を打つ。

「お前、画用紙もっておれんとこ来い」
「? なんで?」

首を傾げたゼルに、サイファーはにっと笑って答えた。

「でっかい海を描くんだよ」



■■■




「……うわ〜」

完成した絵を前に、ゼルは感嘆の声を上げた。

一枚でも大きな画用紙。
それを二枚並べた上に、真っ青な海が広がっている。
サイファーの持っていた画用紙では大きな赤い船が白い航跡を描いて走り。ゼルの持っていた画用紙では、カモメとイルカがそれぞれ空に海に、勢いよく舞っていた。

それをうきうきと眺めながら、ゼルはふと、赤い船に更に描き込まれた人物が居ることに気がついた。
長い黒髪の人が一人と、黄色い頭をした二人。聞かなくてもそれが誰かわかって、ゼルはくすくす笑った。
それを見咎めて、少々不機嫌な声でサイファーが訊く。

「…おまえ、何笑ってるんだよ?」
「これ、ここに乗ってるの、サイファーとまま先生と、ぼくだよね?」
「そーだ!」

その答えに、更に嬉しそうにゼルは笑う。
屈託の無い笑顔に毒気を抜かれて、サイファーもへへっ、と笑う。


「いつか、こんな船に乗って世界じゅうに行けたらいいなあ」
「おれは行くぞ!」
「行くの?!」
「行く!そんで宝を見つけて魔女の騎士になるんだ」
良く考えてみると脈絡の無い宣言だが、ゼルは目を丸くして感心した。それから遠慮がちに、口を開く。
「……ぼくも連れてってくれるんだよね?船に、のってるもんね?」
おう、とサイファーは鷹揚に頷く。
「お前はおれの子分だからな。一緒にお宝探すぞ」
「約束だよ!」
「約束してやる!」

ふたりは顔を見合わせて笑って。

そして、青いクレヨンで染まった小さな指が絡まって、振られた。








幼少時話。石の家にて。

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